鏡の森

タニス・リータニス・リー

いわゆるタニス・リー版白雪姫です!

白雪姫というと、ヨーロッパ人にとってとりわけ特別なお伽噺なのだと、トールキン研究本で読んだことがあります。
そしてあのディズニーも初のカラー長編手描きアニメーションに選んでいるわけでして、私も初めての白雪姫はディズニーアニメ版でしたね。キャラデザが素晴らしいですよね、特に白雪姫のドレス!めっちゃ好きです!ロトスコープのぬるぬる動く作画も最高なんじゃ!
しかしまさかこの白雪姫のせいでトールキン教授が蛇蝎のごとくディズニーアンチになったと聞いたときにゃあ両ファンとして複雑ですよ!!なんでも小人の描き方が気に入らなさすぎたらしくて友人のルイスと一緒に扱き下ろしていたらしい……ルイス、おまえもか!!やはり文豪が口悪いのは世界共通なのかもしれません。
トールキン研究家曰く、『ホビットの冒険』のドワーフも七氏族の設定がある以上、いわゆるトールキン版白雪姫の小人みたいなものですから、公開時期も被っていて、より対抗意識が燃えたのだろうとのこと。しかし面白い偶然もあったものですね。ウォルト・ディズニーはアメリカ人ですが、そのルーツを辿るとやはりヨーロッパにあるわけで、欧米人にとって白雪姫は一番根づいている存在なのだと実感する逸話でした。

ともあれ、そんな誰もが知る白雪姫、タニス・リーも自分の物語として書いているわけですね。
この『鏡の森』と『血のごとく赤く』と二回も。
もし長生きしてくださったら、三作目も書いたんじゃなかろうかと思います。
“Red as Blood”、“White as Snow”ときたら、やはり“Black as Ebony”のタイトルで。

全体的な感想

 白雪姫がベースの物語ですが、そこに更にデーメーテールとペルセポネーのギリシャ神話要素を加えることにより、とても奥深い母と娘の物語に仕上がっていましたね!
 タニス・リーは『銀色の恋人』でも母から自立する娘の話を書いてますが、この『鏡の森』は更に深く切り込んだな~という印象を受けました。『血のごとく赤く』を読んだときにも思ったのですが、お伽噺の娘さんは母親(継母)の道具にされていることが多いですよね。母から自立してこそ娘は初めてひとりの人間として生きていける、というテーマを書くにあたって、白雪姫はまさにうってつけの題材のように思いました。
 そして白雪姫定番のアイテムの使い方が見事でしたね。どれも自然に組み込まれていました。私はそこまで白雪姫に詳しくないのですが、りんごを吐き出す描写と鏡の使い方と王子の実態が特に気に入りました。

 そんな感じで、実の親子でありながら、継母と白雪姫の関係性を成立させてしまったアルパツィアとコイラ。
 継母というと結構強かな女性をイメージしてしまいがちで、おそらく『死の王』のナラセンや『薔薇の血潮』のアニリアみたいにガッツのある女性タイプだろうと思って読んでいたので、ひたすら痛ましい人生の連続でしかなかったアルパツィアはその結末を含めて本当に可哀想でした。
 やはり強姦したドラコが悪い。だからおまえは『黄金変成』で痛い目を見るのだぞ。
 真の恋人の狩人が最期に迎えに来てくれたのが、彼女にとって唯一の救いでしたね。しかしほんとに死んどったんかよクリメノ……西に行ったよ表現が中つ国すぎて若干の希望を捨てきれなかったが、やはりオリオンなのでお星さまエンドだったんですね。
 望まぬ子供という点で徹底的に人生が狂ってしまったアルパツィアですが、それでもクリメノの残した言葉に突き動かされて娘を地下まで追い求めた姿は切なすぎて、ページをめくる手がとまらんかったです。女としては、アルパツィアがだんだん若さを失って老婆になっていく過程が、身につまされるほど恐ろしくもありました。三十路を老婆扱いは辛いなあ、せめてババアで勘弁して。女王に関しては、結構ファンタジー感が削ぎ落とされてリアルに迫っていた白雪姫でしたよね。
 そして何と言っても彼女はずっと心神喪失状態にあるので、いつなんどきも娘を正しく認識できていない認知の歪みが、読んでいて何とも言えない気持ちになりました。娘のコイラもそんな彼女に引きずられてしまっていたので、まさに鏡合わせの親子でしたね。自分と向き合っているようで向き合っていない、閉じた世界の無機質さと荒涼さ。そんなモノローグがとても印象的でした。

 しかし、そんな存在を認識されもしなかった娘のコイラはというと、どんどん女として花開いていき注目を集めるようになります。それでも、彼女は頑なに自分の心を殺して生きていたわけですが、小人のへパスティオンに会ってからの彼女は本当に可愛くて仕方ありませんでした。ふわふわと意識を飛ばしながら微笑んでいるコイラちゃん世界一可愛いいいいい!!やっぱり恋する女の子はステキね!!
 娘が母親から自立する瞬間とは、愛する人を見つけた、まさにその瞬間である。それがへパスティオンで良かった。なんならティリオン以上に良心的で甲斐性見せてくれたキャラクターだった。そして王子どもにもやけに好かれているのが気になりましたねえ!ヘパエスティオンって変わった名前だなあと思ってましたが、調べたらあのアレクサンダー大王の幼馴染にして恋人のアレかあ…なるほど……と納得しました。
 まあそんな感じでへパスティオンとコイラのカップルが可愛すぎて、登場する前から王子にやりたくねえなあチクショウ!へパスティオンの意気地なし!!と思っていたら、本当に笑っちゃうくらい酷い王子が満を持して出てくるという。

 プリンセスものの王子は女にとって最終結果に過ぎないとバッサリ書きつつも、なんですか?いきなり出てきてこのキャラの濃さは!?白雪姫の王子が空気だなんてもう言わせないよ!!これだからタニス・リー最高!!と思いました。
 ハドス王子、一応頭痛で臥せっている伏線があったものの、覚醒したら死姦・近親相姦・ナルシストのコンボ決めてくるとか卑怯だろう。ヤバさが一周回ってもはや笑うしかなかった。でも白雪姫の王子の要素を結構回収しているんですよね……熱した鉄靴を履かせるヤツは本当にヤバいので、ハドスくらい狂った王子のほうが返って腑に落ちますね。そして白雪姫定番のアイテムである鏡の末路もすごかったなあ。あますことなくリサイクルされてしまって!
 しかしハドスはなんだろう、地下とか小人との組み合わせを見ると、やんちゃすぎるアズュラーン様がいたとしたらこんな感じだろうな……と思ってしまった平たい地球ファンであった。いや中身はむしろハズロンドのほうが近いのですが、いずれにせよ属性が平たい地球シリーズの妖魔と似ているので、わりとセルフパロディなのではないかと感じてしまいましたね。むしろハデスという同じ元ネタゆえにか。

 そんな感じで結末は白雪姫×小人で終わって大満足しました。ティリオンとサンサもこうなるべきだっただろ!!
 コイラに宿った子が、へパスティオンかハドスか、どっちが父親かわからない、という濁し方がまたいいですよね。そんなことはもはや関係なく、コイラは子供を生む意志を見せたわけです。死ぬ間際になるまで「助けて」とすら叫べなかった、あの自己消極的なコイラが。ずっと心神喪失であったアルパツィアも、ようやくコイラの中で自分を取り戻せた瞬間にも見えましたね。きっとコイラの娘として、彼女はやっとひとりの人間になれるのでしょう。
 そんなことを思わせる沁み入るラストがとても良かったです。

既読者向けの関連作品について

血のごとく赤く

 前置きにも書きましたが、タニス・リーは既に白雪姫を題材に短編「血のごとく赤く」を書いています。
 私はこちらを先に読んでいたので、きっとアルパツィアは覚醒してくれるに違いないと思いながら読んでいましたが、全然そんなことはなかったという……。
 だいぶ作風が違いますよね!?と驚きました。

 しかし考えてみると、あの設定は結構一発ネタなので、長編として書くには不向きだったのかもしれません。
 というのも、ネタバレしますが、なんと白雪姫は吸血鬼だった!という衝撃の解釈をかましてくるのです。ゆえに逆に継母である女王が奮闘するストーリーになり、狩人より強力な味方として大天使ルシフェルも登場し、極めつけに迎えに来た王子様はイエス・キリストです。
 思わずポカーンとしますよね。初読のころはキリスト教とか吸血鬼の知識とかあまりなかった私なぞ、最初いったい何が起きているのかコレガワカラナイ状態でした。死んだ実母に白雪姫が乗っ取られているのかしら、最後はよくわからなかったけれどハッピーエンドね!という残念な読み方してました。でもやっぱり何となく引っかかっていて、他の方の感想を見て、読み直しみて、ようやくモチーフが何か気づきましたね。鈍すぎィ!タニス・リー読むのやめたら?と言われても仕方ないレベル!!
 しかし言われてみれば、確かに白雪姫って吸血鬼の要素がたくさんありますよね。外見もそうですし、棺に眠っていて復活する。鏡とも縁が深いです。ラストの鏡のセリフに心底なるほどなと思いました。そして王子様がキリスト……考えてみれば似たような二人なのかもしれません。キリストも杭に縁があり、ワインを血として分け合い、復活しますしね。キリストと吸血鬼に共通点を見出してまとめあげたものとしては『薔薇の血潮』があるのですが、私はそちらもお気に入りです!
 そんな感じで最近吸血鬼ものと急速に縁ができたので、あのころよりは私も知識が色々増えましたが、それでも疫病が流行る設定だけは心当たりがありません……。吸血鬼や白雪姫に詳しい方がいらっしゃれば、ぜひご教授いただきたい。

 ともあれ、そんな赤を強調した「血のごとく赤く」がある以上、本作も『鏡の森』ではなく「雪のごとく白く」という直訳した邦題にすべきだったと思いますね。このタイトルでは、白雪姫ものともわかりにくいので、意訳では不味かっただろうと私は思います。
 それに「雪のごとく白く」は、本作の最後でへパスティオンが語る通り、生まれてくる子供についての本作の結論も兼ねていますしね。
 キリスト教では特に中絶は厳しく見られ、殺人に等しい罪深き行為と説いているがために、タニス・リーもクリメノとの子供を堕ろしたアルパツィアの選択を決して肯定的には書いていません。しかし、だからこそ、娘のコイラが最後にした選択が、彼女をも救うことになりました。ハドスとの子供であれば彼女とてドラコとアルパツィアの二の舞なわけですが、それでも「私はお墓なんかじゃないーーわたしはこの子に世界をあげられる」と、誰よりも強い意志をもって答えたコイラ。そんな母の罪をも雪ぐ彼女の強い自立の中こそ、この「雪のごとく白く」というテーマがより際立って見える気がしてなりません。

黄金変成

 アルパツィアの夫であるドラコ。
 実は『悪魔の薔薇』に収録されている短編「黄金変成」にも、同名の同じようなキャラがいます!
 なので、私はいきなり「ドラコ!?あのドラコか!!?」と盛り上がりました。

 『鏡の森』がデーメーテール神話にもフォーカスした話だったので、私もようやく「黄金変成」がデーメーテール信仰に因んだ短編だったと気づけました。
 そのエピソードをかいつまんで書くと、こんな話です。
 デーメーテールは娘のペルセポネーを死者の王ハデスに奪われてから、老婆の姿で娘を探し各地を放浪していた期間があります。そしてエレウシスに辿り着き、穀物の女神として農業栽培を教え、王と妃の子供の乳母になりました。彼女はその子供を愛情から不老不死にしようとして、昼にはアンブロシアを肌にすり込んで甘い息を吹きかけ、夜には両親に気づかれないように火の中に入れて育てました。不審に思っていた妃がそれを目撃し、悲鳴あげました。デーメーテールは儀式に失敗して怒り、神殿に立てこもりました。こうして大地の実りは失われ、ペルセポネー奪還に関してゼウスも重い腰を上げることになったのです。
 「黄金変成」で“麦の王”が登場し、その娘のザフラが我が子を火の中に浸すという衝撃的な行為は、まさしくこのエピソードを元に書かれているとわかります。デーメーテールとペルセポネーとハデスの神話に基づいたこの信仰は、穀物が焼かれてパンとなり人々の糧になる過程に、死からの再生、生命の回帰を見出し、それが当時のギリシャ人の心を掴みました。その儀式はエレウシスの秘儀と今では伝えられ、ゆえに「黄金変成」もそのテーマに沿ったストーリーとなっているわけです。もはやザフラの正体は言うまでもないでしょうが、彼女が黒い犬を連れているのはおそらくケルベロスだろうと思うと、彼女もまた母であり娘でもあるのかもしれません。

 『鏡の森』でも、熱病に浮かされたコイラが夢で燃える森の中で黄金の母デメトラに出会っており、その後に彼女はハドスのいる地下へ送られることになりますから、同じ元ネタで先に書き上げていた短編「黄金変成」を下地に更に長編用に発展させた物語であることは明らかでしょう。だからドラコもそのまま再登場したのだと考えられます。
 ドラコについても、このエレウシスの秘儀から追っていくと元ネタに辿り着けます。
 デーメーテールは儀式に失敗したものの、諸説あって、エレウシス王のもうひとりの子供であるトリプトレモスに恩寵を授けることにしたのです。そうしてトリプトレモスは、デーメーテールに与えられた“竜”の戦車に乗って世界中に農耕を伝えたとされます。
 つまりドラコという名はそこから来ているのでしょう。ちなみにドラキュラという名もドラゴンから来ている名前なので、「血のごとく赤く」とも合わせたネーミングかもしれません。しかし「黄金変成」でも『鏡の森』でも、ドラコのポジションはむしろエレウシス王でしょうね。『鏡の森』でコイツだけぬくぬくと幸せになっていて腑に落ちねえ!!と思った方は、「黄金変成」の彼の結末を見るとスッキリするかもしれません。私は彼の親友のスコラウスがとても好きなキャラでした。彼の最後のほうの述懐が身勝手なホモすぎて萌えるんだよなあ。『鏡の森』でもいてほしかったが、あくまでも女の物語である以上、男は添え物、ホモキャラだった彼をバッサリ切り捨てたのもわかる気がします。

 そんな感じでタニス・リーは「血のごとく赤く」、「黄金変成」と書いてきて、『鏡の森』で白雪姫とデーメーテール神話を融合させた集大成を書きあげたわけですね!
 母キャラの中では一番伝統があり、また強烈でもあるデーメーテール。思えば私も、幼いころ星座の本を読んでいて一番興味を持ったエピソードでしたね。デーメーテールとペルセポネーとハデスの神話は。しかしエレウシスの秘儀くだりまでは書いてなかったので、改めて調べてみると白雪姫とわりと共通点が多いことに驚きました。神話の神様は何かと老人に身を窶していて旅することが多いですが、そう考えると白雪姫は一番神話の面影を残したお伽噺なのかもしれません。
 そして何より、死から復活。イエス・キリストも含めて、西洋人がずっと強く追い求めている夢です。いえ、人類共通と言ってもよい夢ですね。エレウシスの秘儀は口伝が禁止されていたため、具体的に何をしていたのかは未だ謎に包まれているようですが、おそらく人々がデーメーテール神話とキリスト教に求めたものは同じだったのではないか?と思えば、何となく見えてくるものがありますよね。ただ本当に神話通りに人間の赤子を火の中に浸したとは思いませんが……何かしら代替品を用いて似たようなことしてたんじゃないかなと私は思います。
 ともあれ、白雪姫にギリシャ神話を重ねることによって、様々な共通点を見出してまとめてあげたタニス・リーの手腕がすごいなと改めて思う作品でした。『鏡の森』。


 

Posted by tiriw

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