堕ちたる者の書
タニス・リー好きの人は十中八九何かしら性癖を拗らせているに違いないと信じてやまない。
今回感想レビューを書くことにした『堕ちたる者の書』は特に、その確信を得る一冊なのである。
私ですか?もちろん『堕ちたる者の書』は上位に入るほど大好きさ!
本書は性転換をメインテーマに同性愛はもちろんのこと、近親相姦、男装少女、男の輪姦、カニバリズム、少年愛、女装男、両性具有……ぶっちゃけ一般書で売っていいのかコレ?と疑問に思うほど特殊性癖が乱舞しています。
そしてタニス・リー先生の十八番である耽美描写も炸裂しているので、もはや同人誌要らず!
なので、我こそは特殊性癖大好きマンであると自負している方には、この本からタニス・リーに入るのもありでしょう。2015年に復刊していますし、比較的手に入れやすい本です。
『堕ちたる者の書』はパラディスの秘録シリーズの二冊目ではありますが、これから読んでも大丈夫です。舞台がパラディス、ただそれだけの繋がりで、タニス・リー先生が好き勝手に自由に書いているシリーズなので。
紅に染められ
「死が神です。生は人。生まれた日が死との恋の始まり」
性転換による逃亡と追跡の殺し愛劇。「紅に染められ」は、私が本書で一番気に入っている話です。
未読の方向けに、冒頭のあらすじを少し書きます。
作家のアンドレ・サン=ジャンはある夜、追われている狂人の男から紅いスカラベの指輪を託され、とある男に出会う。しかし追跡者であるはずの男はその指輪から目をそらすように立ち去った。
それからアンドレはその指輪の持ち主に心当たりがあると言う友人フィリップに付き合わされ、とあるマダムに出会うのであった。その名はアントニーナ・フォン・アーロン。結婚する前はアントニーナ・スカラビンと名乗っていた男爵夫人が奏でるピアノに聞き惚れてしまったアンドレは、指輪を餌に、彼女の気を引こうと近づくのであった……。
という感じで始まるお話ですが、このアンドレとアントニーナの攻防劇が読んでいて非常に面白い!
恋愛は男と女の駆け引きの勝負、二人の応酬は常に言葉の決闘さながら、緊迫感に溢れています。タニス・リーの書くセリフはいつもキレキレで惚れてしまいますが、この二人の応酬は特に全てが素晴らしいと言っても過言ではありません。作家である設定もあってか、アンドレが囁く愛の言葉はどれも熱烈で詩に富んでいます。そしてそれを跳ね除けるアントニーナの返しも鋭い切れ味のある言葉ばかりです。
しかしそのようなアンドレとアントニーナの戦いも性交により終焉を迎えます。恋愛物はくっついたら書くものが無くなってお終いとはよく言われますが、タニス・リーはここで終わらせません。性転換により第二幕が開けるのです。彼女の死後、アントニーナの兄を名乗るアントニー・スカラビンという男の登場によって。そして己の純潔を奪った仇と言わんばかりに、アンドレもまた彼に殺され、そして女のアンナに生まれ変わるのです。アントニーナであったアントニーを求めて。
この性転換により永遠に続くループ構図設定がとても上手いと思いましたし、生と死の終わらぬ泥沼愛憎劇に圧倒されました。アントニーナ及びアントニーがアンドレ及びアンナに非常にすげなくする理由も、同性愛への嫌悪感から来ているのもあるでしょうから、それが異性となって再び追いかけてくる…なんて不毛な殺し愛なんだ…!!と私はめちゃくちゃ萌えましたね。
性転換によって追跡者が逆転するのもいいですよね。それが華麗に決まっているラストに痺れます。吸血鬼ものにお約束の銀が非常にカッコよく使われているのも見どころですね。そしてもちろん件の指輪も。スカラベは平たい地球シリーズの『死の王』でも印象的に使われていたことを思い出します。
そして、アンドレとアントニーナの関係のスパイスとなっている当て馬のフィリップやウーラもいい味を出したキャラで好きです。フィリップは特に報われなさすぎの道化ポジションですが、アンドレに一途すぎたその顛末を含めて好きなホモキャラです。ウーラはタニス・リーが好きないつもの白痴設定の娘で、アントニーとの組み合わせは平たい地球シリーズの『惑乱の公子』を思い出させます。
そうです!アントニーは原作者自らのアズュラーン様ジェネリックと言っても過言ではありません!
えー?ほんとぉ?とお疑いの方は、しのごの言わずに、まずは下記の引用をちょっと読んでくれないか!
痩せた細長い体に山犬の尖った顔を持つ二頭の黒犬が、雨の石畳を大股に走ってきた。なめらかに濡れ光り、玄武岩を思わせる。一瞬にして通りすぎていったが、肌寒い空気を通し、二頭の体熱が感じられるようだった。あとに続くは黒馬に跨った男。司祭さながら黒いマントを纏い、頭巾で雨を防いでいる。私と並ぶと馬を止めた。雨を通し、頭巾の黒に浮かび上がる白皙の顔と、私に据えられた黒い眼が見える。心臓が体から呼び出されるかに感じた。
タニス・リー『堕ちたる者の書』p14
「通ったか?」
静かな声にもかかわらずよく聞こえた。楽の音であり、色はやはり黒。
「誰が?」と問い返す。
「誤魔化すな。答えろ」
「通った」私は方向を示すために手をあげた。
これだけでもアズュラーン様!?と思わず誤解しても仕方ないと思うんですよね。
黒髪、黒目、青白い肌、楽の音ボイスと、見事に全部コンボ決まっているアントニーは中でも別格ですね。しかも翻訳者もお馴染みの浅羽莢子ですから、もう全てが完璧です!
また彼が最初に追いかけている相手もチャズみたいな描写なんですよね!「教養ある物云いで、声も若い。老人の印象があったのだが。」だとか「男は狂人の横顔を見せ」だとか。
これは…公子によるチャズ狩りの最中か?と私は思わず思いましたよ。実際のアズュラーンはチャズ狩りにあまり乗り気ではありませんでしたが、もし彼が本気であったならアントニーのようになるのだろうなと思いました。アズュラーンとチャズの応酬が特に好きだった私は、思わぬところでまたこの二人に出会えたようで、嬉しかったです。
また平たい地球シリーズではアズュラーンの女性性はアズュリアズとして分離して表現されましたが、この「紅に染められ」では性転換することで両方の性を一人でこなしていることになります。
何が言いたいかというと、つまり、「紅に染められ」は作者自らが書いたアズュラーン受け小説みたいなものだよ!!あーあ言いやがったなコイツめぇ!!
バッカ!おまえ!アズュラーン様は永遠のスーパー攻め様だろうが!!と自分でも平手打ちしたくなりますが、白状します、アズュラーン様は同時にスーパー受け様でもありますよね?とリバも余裕でいける口なのです。なので、私はこの「紅に染められ」、そういう意味でも崇めている一作です。だって睡眠姦されている公子の貴重なエロシーンも読めてしまったようなもの……おお神よ、感謝いたします……(だから平たい地球の神々は人間をゴミクズ扱いするんだぞ)
改めて『熱夢の女王』で意識がないアズュラーン様を守り続けていたヴァズドルーの公達トリオ、本当にグッジョブすぎるぜ。
なんか酷い感想になりましたが、まあ『堕ちたる者の書』だからしょうがないよね!(開き直る腐女子)
そんなわけで平たい地球シリーズファンにもオススメな「紅に染められ」でした。
黄の殺意
「こんな呪われた世の中では、頼んでみるだけ無駄なのさ。パンを乞えば石、乳を乞えば毒、くちづけを乞えば蹴飛ばされ、切られ殴られ呪われるがおち。
つまりだな、この世は神のものどころか、悪魔のものなのさ。我らが主はサタン。今一人の奴に呼びかけるなんざ、心得違いも甚だしい」
一言で言えば、男装少女の壮大な自己啓示物語。それが「黄の殺意」です。
こちらも未読の方向けに、少し冒頭のあらすじを紹介しましょう。
田舎で使用人のように使われていた娘ジュアニーヌは義理の父ベルナールに純潔を奪われたことをキッカケに、都会に出てしまった異父兄弟の美しい弟ピエールに会いにいくことした。追手のもうひとりの弟を撃退し、その服を奪って、男装したジュアニーヌはついに都パラディスに辿り着く。
そして絵師に弟子入りしたというピエールを探している内に、とある侏儒と出会う。「リボンを買わぬか?」としつこく付き纏う侏儒を巻いて、ついに将来を誓いあったピエールと再会する。しかし、父に手篭めにされたジュアニーヌを信じないピエールはすげなく追い返した。
さめざめと路上で途方に暮れたジュアニーヌ。侏儒に導かれ、天使の尼僧院に辿り着き、そこに身を寄せることにした。ステンドグラスの窓に描かれた〈大いなる光〉の天使から顔を背きながら。
そしてとある夜、またあの侏儒が姿を現した。男装道具を持って。そしてジュアニーヌは男のジュアンとなり、夜の街に繰り出すのだった……。
なんだこの18禁同人誌のような怒涛の展開は……と序盤からパンチどころかアッパーかましてくる「黄の殺意」ですが、そのテーマは本書の解説にもある通り、キリスト教と表裏一体でもあるサタニズムによる救済です。そもそもキリスト教というものは男尊女卑の考えに根づくものでありまして、タニス・リーはそれに女性の立場から真っ向から挑戦している作品を、よく書いています。「黄の殺意」もその中の一つで、特に痛快な作品でしょう。私はキリスト教徒ではない女なので、とても面白く読めました。
社会に女だからと抑圧されて虐げられていたジュアニーヌが、夜には男のジュアンとなり解放的に悪行の限りを尽くしている姿は圧巻です。そして彼女のモチーフはおそらくジャンヌ・ダルクと見受けられるので、「黄の殺意」はタニス・リーなりの彼女の生涯の救済も兼ねた作品とも見れます。ゆえに炎がより印象的に描写されているのでしょう。またジュアンに付き従った哀れなコンラッドにも、何処となくジル・ド・レの姿が薄っすら見えるような気もします。そして啓示として現れた天使の目撃をキッカケに、世界は死病に覆われ、ジュアニーヌも罪と罰に脅える自分の生き方を捨てて聖女へと転身します。キリストのように己が血を分け与え、憎かった男である弟を赦し、世界の真の理を知った彼女は言葉も残さず静かに物語を去っていく……。本当にキリスト教の清濁併せ呑んだ傑作なので、この作品が特に評価が高いのも頷けます。
そして侏儒のフェロファクスが本当に良いキャラです。最初“侏儒”が読めなくて、つまり小人症か!と辞書を引いたのは私だけではあるまい。その正体が、天使エズラフェルであり、神――つまりこの作品の場合はルシフィエルということになりますが、ここまで寄り添ってくれる存在ならば、そりゃ今一人の奴より信仰を捧げたくなりますよね!という平たい地球シリーズの闇の君ポジションみたいなもので私は大変好きになりました。それに氷と炎の歌のティリオンもお気に入りだから、もはや好き要素しかない。
しかし、このフェロファクス、コアなタニス・リーファンであれば、さらに見方がすごく変わる味わい深いキャラなのです。
というのも実はこの「黄の殺意」にはですね、プロトタイプと言うべき短編があるのです!
その短編の名は「魔女のふたりの恋人」。「黄の殺意」より9年前の1979年に発表された短編で、日本では『悪魔の薔薇』という日本オリジナル編集のタニス・リー短編アンソロジーに収録されています!河出書房新社様ありがとうございます!
とりあえず未読の方に、ざっと話を要約してみました。長いので、読んでいる方は次の段落は飛ばしてください。
まだ巴里が若い時代の話、ジャーヌといううら若き少女がいた。ジャーヌは貧困層の出であったが、年老いた貴族の男に買われ、籠の中の鳥のように優雅に暮らしていた。男は何にでも職業につけたが、女と言えばなれるものはない。魔女になることだけを除けば。そのような時代であった。
とある夜明け、彼女がふと窓から見下ろすと、二人の美しい騎士がいた。ル・ソレイユと呼ばれている金髪の騎士ニコラン・ソラ、そしてその双璧を成す聖像のごとき騎士ベルナール・ド・スィーニュ。彼女が恋に落ちたのは、ベルナールのほうだった。そして彼女は彼を手に入れんがために魔女となった。
しかし、彼にかける魔法は口外厳禁、秘密にしておかなければ。周りにせっつかれた彼女は咄嗟にこう言った。
「当てられてしまったわ。わたくしが恋をしているのは、お日さまに似た騎士、ニコラン・ル・ソレイユ」
その噂は当の本人まで届き、馬上槍試合の折、ニコランはついに件のジャーヌの顔を見に来たのだった。面白がっている様子で。彼女に勝利を約束したニコランに、仕方なくジャーヌは腰に巻いていたリボンを渡した。そしてベルナールはいなかった。内心意気消沈しているジャーヌに、そうとは知らず勝利の冠を届けたニコランは、彼女の保護者である貴族の老人に不躾な言葉をもかけながら去った。
そしてとある真夜中、ジャーヌのもとにニコランが現れた。たわむれが本気になったのだと言いながら。しかしジャーヌは彼を拒否した。ニコランは引き下がった。
「わたしはこの先、あなたのことを忘れない、ジャーヌ」と言い残して。
夜が明けると、ニコランは12人の追い剥ぎに逢い、殺されていた。
それはジャーヌの保護者である老人が嫉妬に駆られたあまりの仕業だった。愛していなかったはずのニコランの死に彼女は泣いた。どのみちそう振る舞わなければならなかった。しかし、彼女はあれほど毎日求めていたベルナールをその日、忘れた。
そして、ニコランが亡くなってから来た嵐の真夜中、ベルナールがついにジャーヌの前に現れた。
「わたしを狂人とお思いになるでしょう。ですが、何かがわたしをあなたのお宅に引き寄せたのです。まるで教会に引き寄せられるように。わたしは北に行っていました。留守のあいだに、この街で友人が亡くなったのです。いまわたしは迷子の子供のように通りをさまよっています。わたしを狂人とお思いになるでしょう」
ジャーヌはベルナールの手を取りながら「お入りください」と答えた。今となっては何の意味もなくなった言葉を。
二人は互いに手を取り合って日の差さない夜に立ち尽くしていた。ささやかな愛、ささやかな命、と歌う言葉に、二人はこう答えるしかなかった。『だけどわたしは愛をなくした。生きていく甲斐もない』
以上が「魔女のふたりの恋人」の話の内容です。
ジャーヌ、ベルナールと言った名前に、ああ!とお気づきなられたでしょうが、おそらく「黄の殺意」のジュアニーヌとピエールのキャラ原型がこの二人であることは明白です。
となれば、ニコランも「黄の殺意」にいるはずで、私はそれが侏儒のフェロファクスであり天使エズラフェルなのだと考えています。なぜなら、侏儒のフェロファクスはジュアニーヌに最初から最後まで「リボンを買わぬか?」と声をかけています。このリボン、「魔女のふたりの恋人」でジャーヌがニコランに贈ったものと考えれば、フェロファクスが執拗にリボンに拘る理由もわかるというものです。そして彼がジュアニーヌを見守り続けた理由も。嫌味な美形男だったのに死んで人外化しても本当に忘れないとか、なんて健気で一途なんだよオマエ…!!と私は大変萌えました。
勘違いで恋をしていたというところがこの作品のミソなのですが、そんなお騒がせギリシャ神話的カップルであるニコラン×ジャーヌに振り回され続けたベルナールことピエールの見方も変わるというものです。
「魔女のふたりの恋人」のベルナールはニコランのことを好きだった、そしてニコランは12人の追い剥ぎに殺された――つまりキリスト教の使徒と同じ数に殺されたことを魂が覚えていたからこそ、「黄の殺意」のピエールはサタニズムに傾倒していたのではないでしょうか。そして、結果的にニコランとの仲を引き裂く原因となったジャーヌことジュアニーヌに、同じ者を愛した同類として惹かれ合いながらも最後は突き放した気持ちも、まあわからんでもない。「魔女のふたりの恋人」の彼は本当に惚れた腫れたに巻き込まれただけの可哀想なホモですから…そして「黄の殺意」でもまたすれ違っている可哀想なホモですから……そこが萌えるよね!!(オイ)(ちなみに攻めは二コ、受けはベルは譲れない派です)
まあそのような感じで「魔女のふたりの恋人」も踏まえて「黄の殺意」を改めて再読しましたところ、ジュアニーヌが人生ハードモードでスタートしていたり、ピエールが男たちに身ぐるみ剥がされて輪姦されている序盤の怒涛の展開も、別にそんなに唐突な感じには見えなくなるというか、うーん前世の業かな!?という感じに慄きながらもさもありなんと頷けるようになりますね。世俗的な三角関係であった「魔女のふたりの恋人」時代をも知りながら読むと、キャラへの思い入れもだいぶ違ってきますし、ジュアニーヌとピエールのそれぞれの結末もより染み入るものに感じられました。
以上から、「魔女のふたりの恋人」、「黄の殺意」がお好きならぜひ合わせて読んでほしい作品です。この繋がりに気づいた私はニコラン・ソラとジャーヌとベルナールのトリオが本当にお気に入りになりましたから。
ちなみに私は更にこのニコラン・ソラから始まるキャラの系譜を追った結果、彼は平たい地球シリーズにも形を変えて登場しているとわかりました。
それゆえ『平たい地球シリーズのすゝめ』という記事にも補足として載せたわけですが、ついでにそのまとめ詳細を載せますね。
1979 | 「魔女のふたりの恋人」: ニコラン・ソラ 太陽の騎士と呼ばれる金髪美形人間として初登場。 後に「黄の殺意」に進化するプロトタイプ的短編。 12人の追い剥ぎに殺され死亡。つまりイエス・キリストの使徒の数である。 |
1983 | 「血のごとく赤く」: ルシフェル 天使に変化。地獄から召喚された。 「黄の殺意」の人を憐れむルシフィエルらしい背景描写がちらほら。 光と眩惑をもたらす魔王として伝えられ、 アズュラーンの宿敵である設定が付け加えられる。 |
1986 | 『熱夢の女王』: エヴリエル 太陽から生まれた黄金の天使マルーキムとして登場。 前二作の設定が融合したと見受けられる。 しかしながらアズュラーンの宿敵である要素は、メルカールのほうに受け継がれた。 彼はアズュリアズと闘い、和解し、神に見捨てられた後は何処かへ去った。 |
1988 | 「黄の殺意」: フェロファクス おそらくこれが完成形! ジャーヌことジュアニーヌを、侏儒となり天使となり、導く。 やたら主張してくるリボンの存在が「魔女のふたりの恋人」に強く結びつける。 ニコラン時代の友人ベルナールの名も登場し、キャラはピエールとなって登場した。 |
こんな感じでタニス・リー先生も試行錯誤しながら書いていたキャラだとわかります。
いずれの彼も黄金色であり太陽と縁が深いのが共通していて、およそ10年間、色々な形で登場し続けていると思しき彼は、先生のお気に入りだったのでしょう。
むしろここまでくると、彼が最後の闇の君として登場してもおかしくなかったのではないか?と私は思いました。もちろん真相は先生のみぞ知る。
青の帝国
「蜘蛛は嫌いだ。あの耳環の宝石は蜘蛛だ。そのことも書いてある。子供の頃、眠っている顔の上によく蜘蛛が落ちてきた。悲鳴を上げて飛び起きては、親父にベルトで叩かれた。足をもいでもまた生えてくる。八本足。みんなあなたの頭の中で起きていることなんだ」
性転換、男装、女装を経て、ついに真なるアンドロギュヌスが登場する話です。
未読の方向けに冒頭のあらすじを少し書きます。
サン=ジャンのペンネームで性別を偽りながら新聞紙に寄稿していた女作家は、ルイ・ド・ジュニエという美貌の無名役者にカフェへ呼び出された。男の名刺には《一週間足らずで私は死ぬ》と書かれていた。不審に思う女作家だったが、ルイは連れに見つかり、その場を去った。
女作家は予感に脅迫されながら、一週間後に名刺に書いてあるルイの住み家へ向かった。そして通された部屋は全ての窓に青い硝子が張られた空のごとき空間。まるで宙吊りにされているかのよう。奥には書斎にが二つの肖像画が置かれてあり、ダイアモンドで何度も傷つけられた鏡、机には件の日記があった。ルイの死体など何処にもない。
ルイの日記を手にした女作家は、この青に溺れた部屋を後にしようとしたが、突然言い知れぬ抗いがたき激情に襲われる。そして窓が外に向かって派手に割れた。そこから覗くと、男の体がまさに空に宙吊りになっているのだった……。
という感じで始まる話ですけど、この奇怪すぎる導入がまさにタニス・リーという感じで引き込まれるのですが、実を言うと私は結構この話が苦手でして……ほとんどの内容を忘却の彼方に葬っていたのですが、このレビューのために頑張って再読しました。それでもやっぱり精神的にグロい話なので参りましたね!
「紅に染められ」でもチラホラ出てきていたエジプト要素が、「青の帝国」でついにメインになります。魔女ティー・アモネットのモチーフは、おそらくあのクレオパトラでしょう。しかしながら、その正体は両性具有の少年だったのだというラストは衝撃的で、見事に意表を突かれたなと思わず唸ります。確かに、エジプトの神々に両性具有めいた神はいるので、そこから発想を得たのではないでしょうか。平たい地球シリーズの両性具有キャラであるシミュもまたエジプト要素と縁があったなと思い出し、タニス・リーにとってエジプトの死生観と両性具有要素は強く結びついているもののようです。
しかしながら、現世に復活を果たすべく魔女の犠牲になったルイ・ド・ジュニエとティモニーが可哀想すぎるので、私はこの話が苦手なのかもしれません。いたるところでエジプト神話の面影が見られる話ですが、それでもティモニーが女でしかないから八つ裂きされたって酷くありませんか?それに最初から最後まで搾取されるだけ搾取されて終わったルイの生涯もあんまりすぎます。いつものタニス・リーなら緩衝材的なエピローグを入れてくるのですが、この話はそれもないので、さすがに救いが無さすぎるよ先生ー!!と絶叫したくなります。
話のキーである蜘蛛は作中でも触れていますが、ギリシャ神話である運命の三女神を表現しているのでしょう。そして全てが魔女の掌であるのだという……そんな蜘蛛の巣の中にいる気分を味わえるおぞましい話でしたね。硝子のひび割れもまさに蜘蛛が張っているように見えなくもありませんし、そもそもひび割れを見ているだけでも嫌悪感あるものです。個人的に本当に読んでいて随所でゾワゾワする作品でした。その中で衝撃的光景でもある宙吊りシーンは、つまりスパイダーマンみたいな感じか?と思うと、ちょっと可愛げがあって良かったかもしれません。
それにしても遊戯王のキサラが好きな私は、明るい髪色に青い目は災の証で忌み嫌われている容姿という設定にちゃんとした根拠があったんだなと、本作を読んで感心しました。彼女もギリシャ系アレキサンドリア人だったのかもしれません。まあおそらく偶然設定が噛み合っただけとは思うんですが、ブルーアイズホワイトドラゴンありきですし。
話がそれましたが、つまりアンドロギュヌスの浮世離れた魅力が嫌悪感と紙一重であるということを悲壮なほどに描写した「青の帝国」、間違いなく性をテーマにした『堕ちたる者の書』の最後を飾るに相応しい作品で、まさにタニス・リーにしか書けない一作だと思いました。
パラディス秘録のシリーズ
最後に『パラディスの秘録』のシリーズ全体について、まとめておきましょう。
『パラディスの秘録』シリーズは現在4冊和訳されています。
・『幻獣の書』
・『堕ちたる者の書』
・『死せる者の書』
・『狂える者の書』
未翻訳の短編は“Doll Skulls”(『Venus Burning : Realms』という短編集に収録)があります。
私も全部読めてないので(『狂える者の書』がまだ手元にない)、他の3冊レビューは現在とりあえず見送っています。
『幻獣の書』、『堕ちたる者の書』の翻訳者は浅羽莢子。『死せる者の書』、『狂える者の書』の翻訳者は市田泉、と分かれていますが、翻訳ギャップはそんなにないほうです。タニス・リーファンの間では浅羽莢子は圧倒的人気を誇りますが、私は市田泉の翻訳もタニス・リーの文体をうまく表現しているほうだと感じるので、好きな訳者さんです。
しかし『幻獣の書』と『堕ちたる者の書』で胸焼け起こしそうなくらい性癖を読者に叩きつけてきたタニス・リーが、『死せる者の書』では「賢者モードか先生?」と言わずにはいられないほど大人しくて個人的にビックリしましたね。『狂える者の書』をまだ読んでないので何とも言えませんけど、『幻獣の書』及び『堕ちたる者の書』は同年に出版され、各サブタイトルに色の名を共通して入れているなど、特に作風が統一されているように感じます。それから少し年を置いて書かれたのが『死せる者の書』と『狂える者の書』なので、ちょうどこの区切りで翻訳者も変わったのは返って良かったのかもしれないと私は思いました。
なので、このシリーズに限ってはどの本から入っても全く問題ないので、己の性癖に胸を当てながら手に取りましょう。私はもちろん一番尖っている『堕ちたる者の書』から入りましたし、シリーズの中で一番好きな一冊です!
そういえば、個人的に気になったので、ここに一つメモとして書き留めておくことにします。
未翻訳短編の“Doll Skulls”もまだ読めていないんですけど、この短編が入っていた短編集『Venus Burning : Realms』にある“Our Lady of Scarlet”のほうを先に読みましたところ、こちらも『パラディスの秘録』シリーズめいた話でしたね。
しかし、まあ何故かこの短編は『平たい地球シリーズ』と目録に書いてありまして、それで私も苦手な英語を頑張って読んだわけですが、どう読んでも『平たい地球シリーズ』の舞台設定ではない!むしろ『パラディスの秘録』シリーズめいている!!と思ったので、これは編集者のミスだと私は確信しています。出典のほうではシリーズ表記がないのでね。というわけで英語版Wikipediaの情報に騙されないように、ここにメモしておきます。私が騙されました。
肝心の“Our Lady of Scarlet”の感想ですが、タニス・リーも今流行りの異世界転生モノによくある真面目クズ主人公で召喚バトルモノ書いていたんだな~さすが時代を先取りし過ぎていらっしゃる~~!!と私は結構楽しく読めましたし、もちろんそのような主人公に的確にキツいオチを与えている辺りが好きすぎました。無神論者が最後に信じるものは死神だと、ワイトもそう思います。
そんな感じで『パラディスの秘録』シリーズを読み終わって、まだまだ己の性癖を満足させることはできない!!と燻っている読者は、こちらも手にとってみてはいかがでしょうか?という紹介でした。
また『パラディスの秘録』シリーズを全て読み終わったら、こちらに追記・加筆するかもしれませんが、とりあえずレビューはこれで終わりです。
ここまで長々と読んでくださってありがとうございました。
もしこの記事が面白かった!とか参考になった!とか何かしら有益性を感じましたら、ぜひ拍手ボタンポチポチ押してくださると嬉しいです~。タニス・リーファンとの交流はいつでもウェルカムなので、ぜひコメントもありましたら気軽に送ってください!