ベレンとルーシエン

トールキン中つ国,トールキン

アラン・リーの挿絵付きの『シルマリルの物語』補遺編シリーズ、第一弾!
『ベレンとルーシエン』がついに和訳されました!
と言っても私は発売日に送られてきたブクログのメールに偶然気づいたので、とても驚いてしまった!
やはりアマゾンプライム版ドラマに合わせた刊行だと思いますね。
アマゾン様様だぜ!やったぜ!ドラマ撮影がんばって!

そしてこの調子で『The Children of Húrin』もよろしく頼むと評論社に早速ハガキを送っておきました。
これで52円切手を使い切って不足分を買う日ともオサラバよ!
しかしこのシリーズ、原語版ではトゥーリン→ベレルシ→ゴンドリンの順で出版されてましたが、日本はベレルシからの刊行…次はどれかわからん…。でも時系列的にベレルシ→トゥーリン→ゴンドリンだと綺麗に繋がるので、その順番だといいな!と思っています。
あと『The Children of Húrin』はほぼ物語として完成していた体裁でしたが、『ベレンとルーシエン』はこれ一冊だけでは厳しいので『シルマリルの物語』は先に読んでおくべきですね。まあ読んでなくて手に取る人はそうそういないとは思いますが……。

そして帯に『指輪物語』の電子書籍化が来春にされるニュース!
むしろ、えっ!まだしてなかったんだっけか!?と驚いてしまいました。
瀬田訳のまま電子書籍化するのか、新訳版も出すのか、よくわかりませんが……
とりあえず電子書籍化はいいことです。絶対に将来くる老眼問題が解決するしな!!

猫大公テヴィルド

 とにもかくにも、これが噂のサウロンの前身である猫ちゃん!!と盛り上がりました。
 おまえの前世、かわいすぎるだろ!!

 今まで中つ国は猫の代わりにドラゴンがいる世界なのかとずっと思ってましたが、猫は猫でいたのか!と嬉しいです。一応、私も猫飼いなので。
 そんなわけでベレンとルーシエン草稿版ではサウロンの代わりにこの猫大公テヴィルドがいるわけですが、あのメルコールが猫ちゃーん💖してると思うとめちゃくちゃ笑いますね。
 そして、なるほど、サウロンは色々な意味でネコなのだなと思いました。そう、あれな意味でもな!

 トールキン教授は言わずもがな犬派なので、この猫大公テヴィルドは悪役です。
 ベレンを奴隷にしてネズミのグリル焼きさせていたり、犬の首領であるフアンに対抗意識バリバリ燃やしていたりします。
 つまりベレルシ草稿版はワンニャン大戦争だったわけです。か、可愛すぎる~~!!
 しかしそのあまり童話めいてしまったが為に没にしたのでしょうか。でもこのテヴィルドをまるっと没はもったいなさすぎる。他に使いまわしてほしかったキャラですね。サウロンのお膝に乗ってても良かったのよ。

 そして、トールキン教授の猫考が窺える、フアンに敗北して魔法の首輪を失いメルコールに呪われ追放されテヴィルドに対する一節がこちら。

猫たちはあの日以降、主君や主人、友といったものを持ちませんでした。彼らが鳴きわめき悲鳴を上げるのは、心が淋しくつらく、喪失感で一杯だからです。胸にあるのは闇ばかりで、情はありません。

JRRトールキン『ベレンとルーシエン』

 
 うーん、そいつはどうかな!?
 少なくとも情はあると思います。野良にさえあると思います。
 なぜなら昔、家の庭にメスの野良猫が住みついたことがあるのですが、その彼女にオスのボス猫がいつも会いに来ていました。餌を彼女が食べ終わるまで待ってから食べていたレディファーストのできるナイスガイ。しかし、ある日を境にメス猫は消えてしまいました。多分可愛いかったので、もらわれていったのだと信じています。消えたばかりのとき、私たち人間も彼女を探したのですが、いつも会いに来ていたオスのボス猫も探していました。恋人を探して一日鳴いて回っていたボス猫の姿を見て、私はちょっと泣けてしまいました。そしてその日以降、ボス猫も庭に来ることはなくなったのです……。
 その悲劇を見て以来、猫は薄情な生き物だとは微塵も思いませんね。私は。
 まあ確かに犬の賢さを見れば猫はおバカちゃんかもしれませんが、ネズミを狩ってくれるだけでも大正義なんだよなあ……聞いてっか?魔女狩りで黒猫虐殺して更にペスト流行らせた中世ヨーロッパ人よ。

 まあ私はタニス・リーファンでもあるので、やっぱり平たい地球シリーズの蛇から猫を創生したアズュラーン様が最強ぉおおお!!と崇めていますよ。
 いやほんとに蛇から猫を作ったってのは説得力ある設定で唸りましたよね。確かに、尻尾を含めて無駄に胴体がひょろ長いし、猫耳を取ると顔があまりにも蛇だし、しかも怒るとシャーって言うし……発想が天才すぎる!!と感動しちゃいました。
 「今日に至るまで、笑われることに耐えられる猫はいない。たとえ愛情ゆえであっても」という一文も、納得するこの頃です。

 テヴィルド以外で気になった初期設定は、ベレンが人間ではなくエルフだったことですね!
 エルフが猫に奴隷にされてると思うとさらにおかしくて仕方ない。しかも潜入のためにルーシエンに猫にされているベレン、マジでバカップルにしか見えなくて笑いました。まあ実際、宿命のバカップルなのだが。
 ノルドールエルフじゃ身分差が弱いから定命の人間に変更したのでしょうね。ナイスな改変。やっぱりベレルシは人間×エルフだからこそ特別なロミジュリ感があると思うので。あと何よりシンゴルの掌返しはベレンが人間だからこその激アツ展開でしょ!
 しかしエルフ間の身分差恋愛は、後にエオルとアレゼルに受け継がれたような気がしますね。エオアレの物語はノルドールがむしろ差別する側になってますが。しかしノルドールは最初からだいぶ嫌われもの設定なんだなと思いました。まあ全部フェアノールの一族が悪いな!

 そして当て馬だったダイロンは、なんと元はルーシエンの兄設定!
 面倒見の良い兄貴ぶりでシルマリル版よりしっくり来たんですが、やっぱり行方不明になっているエンドは変わらないのでより惨いですよ。詩人キャラがいつも行方不明エンドになっているのは、トールキン教授の亡き親友に対する未練なんですかね……と今では思います。

 フアンは、ケレゴルムがいないので、普通に犬の頭をやっていて自由にぺらぺら喋っています。
 テヴィルドと戦ってワンニャン大戦争に勝利し、そして死ななかった。
 正直シルマリル版は、ベレンは生き返っといてフアンに救済はないのか……とものすごく引っかかっていたのでハッピーエンドじゃん!!と満足しましたね。

 あとシンゴルとメリアンの名前が違いましたね。ティンウェリントとグウェンデリングでした。
 メリアンがあからさまにアーサー王物語なのだ!思い当たらないがきっとシンゴルのほうもそうに違いない!
 ベレグがおらずマブルングだけがいたので、マブルングさんのほうが古株キャラということもわかって良かった。いやトゥーリンの物語を先に仕上げたのだからベレグのほうが先に生まれているのか?しかしどのみち最初はシンゴルの側近ではなかったのだなベレグと思いました。

 そんな感じで、このベレンとルーシエン草稿版から、シルマリルの物語という巨大な神話体系に組み込むために色々変更していったのがわかって面白かったですね。
 しかし私はこの童話めいた雰囲気の草稿版は結構好きです。単独でも十分面白いなあと思いました。

狩人スゥー

 スゥーって名前、わりとテキトーに思えてしまうのだが!?
 こいつがサウロンです。なんか響きに原型があるようなないような……。
 やっていることはほぼシルマリル版と一緒です。フィンロドお兄様と歌バトルも繰り広げますし、獣に姿を変えながらもルーシエン&フアンにやられて蝙蝠となって逃げます。そういや最近今さら気づいたけど、めっちゃドラキュラ要素ありますねサウロン!血を吸わないから気づかなかったわ!

 レイシアンの章では、シルマリルの物語では省かれていた色々なことが具体的に詳しく書かれています。

 たとえばバラヒアの一党がいつのまにか襲われてベレンひとりになってしまいましたが、その経緯が詳しく書かれていました。
 サウロンが仲間のゴルリムを裏切らせて隠れ家を吐かせたのが原因だったらしい。
 さすがサウロン、ゴルリムに行方不明の妻の幻影を見させて裏切らせた後「じゃあ妻のいるあの世に送ってやるぜ!」の流れが畜生すぎる。ここの展開、きっとアマプラ版ドラマにも引用されそう。はいテストに出ますよ!
 ベレルシの敵役として生まれたサウロンが、その子孫に影を落とし続けるも、ベレルシの再来と言われるアラアルの世代でついに倒されるのがやっぱり胸熱ですよね。アマプラ版ドラマはサウロンが主役と言ってもいい感じだろうと予測されるので、最後はエステルのシーンで締めるのもありかもしれないな~と気が早くも思ってしまいます。

 モルゴスとの対決は、やはりルーシエン無双としか言いようがない。
 やっぱりプリンセス物語なので、トールキン教授は憤死するかもしれないが、昔のセル画アニメ時代ディズニーに作ってもらいたかったよな……と思います。音楽はアラン・メンケンで!
 モルゴスはルーシエンに以前から興味があって探していたのは結構驚き。まあシルマリルを手元に置いておきたい方なので元来美しいものには目がないのでしょう。自前で生み出すとオークとかドラゴンとかになっちまうだけで……。

 あとフアンの背景についても詳しく書かれているのも見どころ。
 幼犬のころからケレゴルムと一緒だったらしい。それなのに見限られて、ケレゴルムとクルフィン反省せぇよ!
 しかしクルフィンがあまりにもルーシエンに色目使うのか、フアンが必死に追い払っていて笑いました。ベレンにも欲情すんな!と言われてるし、これは相当ですよね。しかし私どちらかと言うとケレゴルムのほうがルーシエンを気に入っていたのだと思っていましたが、ケレゴルムは完全に政略婚目当てって感じでしたね。まあケレゴルムはアレゼルと仲良かったしなあ。しかし仮にケレゴルムとルーシエンが政略婚しても、クルフィンが夜這いして修羅場になりそうな未来しか見えない!クルフィンさすが親父似なだけあってヤベえやつ!でもケレブリンボールがルーシエンの息子なら納得してしまうなあ……。
 でもそんなクルフィンの短刀がシルマリルを切り取ったのだから、この悪党兄弟との出会いもちゃんと意味があって好きですね。
 話はフアンに戻りますが、3回しゃべるセリフも結構格調ある感じでカッコよく喋ってましたね。
 最後にベレンにお別れを言って死ぬシーンは書かれていないので具体的にはわかりませんが、ベレンとフアンはあのシーンがとても好きです。そしてふたりに庇われ取り残されたシンゴルの深い後悔が最高に好き。

 シンゴルがドワーフに殺されてドリアスが滅亡、それから婿殿ベレンの逆襲の流れも結構具体的に書いてありました。
 この一連の流れはトゥーリンの父フーリンがナウグラミーアをシンゴルに引き渡したことから始まりましたが、ミームくんは本当にしょうもないドワーフだなあ!と改めて思いました。私はてっきりシンゴルがシルマリルとナウグラミーアに拘っていたのは実子ルーシエンと養子トゥーリンへの強い未練からだと思っていたのですが、ミームの呪い力すごすぎるよ……さすがファフニール枠。
 そしてシンゴルをぶっころしたノグロドのドワーフはナウグラドゥアという、まさにナウグラミーアを取るために生まれてきたような名前で、シンゴルの愛馬のみならず不届きにも何とメリアン様も戦利品扱いしようとしたという……。もちろんマイアの彼女を一介のドワーフごときが捕虜にできるはずもなく、彼女は娘ルーシエンのもとへ亡命。そして婿殿であるベレンが立ち上がったというわけですね。
 逃げ惑うドワーフたちが滑稽で笑いながらぶっ殺してたエルフもこええヤツらだなと思いましたが、ここからスラトリを経てレゴギムに繋がるのがエルドワの熱いところです。ギムリまじドワーフの鑑。

 あと地味なところではフィンゴルフィンVSモルゴスも書かれていましたね。
 愛用の剣はリンギルというカッコいい名前だった。
 このフィンゴルフィンの遺体を運んだソロンドールが、ベレンとルーシエンでも登場して安心と信頼の鷲タクシーしてくれたという。本当に便利なやつらだ。もうマンウェがタクシー会社の社長にしか思えないよ~~。

 ベレンとルーシエンの死の解釈について、クリストファー氏が結構考えを述べてくれましたが、やっぱり死んだエルフって生まれ変わることもある設定なんだ!?とそっちも気になりました。私はシンゴルとベレグの肉体の生まれ変わりがスランドゥイルとレゴラス説を推しているのですが、やっと自信を持って推せそうです。
 今までマンドスの館のイメージってあんまり具体的に思い浮かべていなかったのですが、この詩の描写でなんとなくそういうものかとやっとわかったような気がします。

月もなく声も鼓動の音もしない。
一つの寿命が尽きる度に一度だけ、
深いため息が聞こえるところ。
待つ者の国は遠い。
そこで死者はすわって影のような思いをめぐらせ、
月に照らされることもない。

JRRトールキン『ベレンとルーシエン』

 人間には死の恩寵が贈られるという中つ国世界の設定ですが、クリストファー氏の解説を読んでいて、要するに選択権を与えられているところが唯一無二の恩寵で死はその結果なんだなと思いました。以前から歴史が大きく動くときには必ず人間の介入があるような気がしていましたが、やはり気のせいではない。
 そしてエルフがゆえに最後まで意志なく宣誓に縛られ続けたフェアノールの息子たちをより哀れに思いましたね。彼らもマグロール以外は死んだわけですが、そうして世界と共に呪われた運命の呪縛され続ける生ならば、死は恩寵だなって本当に思います。
 マイズロスとマグロールが遠くエアレンディルの光を仰ぎ見て「西方に今輝いているのは、よもやシルマリルではなかろうな」というシーンの挿絵がありましたが、本当にここ彼らの生涯の悲哀ぶりが詰まっていて好きですね。ベレンとルーシエンがメインなのに、アラン・リーここ描いてくれてめちゃめちゃありがとう……。

 しかし挿絵が全体的に悪役に偏ってますよね!?
 猫大公テヴィルドはもちろんのこと、ケレゴルムとクルフィンのシーンも描かれてますし、実は悪役好きなのかアラン・リー!?
 それでもベレンが踊るルーシエンの姿を初めて目撃したシーンの挿絵が何より幻想的でめちゃめちゃ良かったです。

偉大なる“闖入者”『指輪物語』

 クリストファー氏は言います。
 父トールキン教授は、『ホビットの冒険』を書いた後に本当は『シルマリルの物語』を書きたかったが、出版社も読者も“続編”を望んだがゆえに『指輪物語』を仕方なく折衷案で書いたと。

 そんなわけで『シルマリルの物語』は現在出ている簡略化されたものと、より詳細に描きなおしたいくつかの章しか残っていないというわけですね。トールキン教授も死すべき定めの命だったから……仕方ないね……。
 正直私も『指輪物語』よりは『シルマリルの物語』のほうが好みと言えば好みなので複雑なのですが、それでも『シルマリルの物語』はあまりにも壮大な物語すぎますから、たとえ『指輪物語』を書かずに執筆に向かったとしても完成したかどうか怪しかったのでは……。やはり物語は完成してなんぼだと思いますので。
 それに『指輪物語』があるからこそ『シルマリルの物語』のバッドエンドぶりが許される面は否めないので、個人的には『指輪物語』があるルートで良かったとは何だかんだ思いますね。
 だからクリストファー氏も『指輪物語』を「偉大な『闖入者』」と語ったのだと思います。

 しかしこの流れ、ホームズとコナン・ドイルでも見たぞ!!
 やっぱり作者が一番気合い入れた作品は報われないんやなって……。ほどほどに気の抜けた作品のほうが万人受けしてしまう宿命の流れですな。ままならぬのう。しかしトールキン教授のその気の抜けた作品が今やファンタジーの定番になっているのだから、恐ろしい方だ……。

 というわけで『ベレンとルーシエン』の感想は以上です。
 次は『The Children of Húrin』が翻訳されたときですね。
 ワタシ的にはこっちが本命なので!頼むよ評論社!!
 アラン・リーによるトゥーリン自殺シーン挿絵が本当にすばらしくて大好きなので、みんなに見てもらいたいです。絵から音が聞こえてくる現象に初めて出会った絵でした……。あの絶望感ほんとにたまらん。
 『The Children of Húrin』はこれ一冊でも読める感じなので、元祖ダークヒーローに興味ある厨二病患者の皆さん!出版されたときにはぜひよろしく頼みます!!
 そして私は『The Fall of Gondolin』を読んでいないので、できれば3冊全て出るといいなあと願っています。

Posted by tiriw

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