吸血鬼ドラキュラ
ドラキュラ伯爵を知らない人はほぼいないだろう。
吸血鬼の代表格である。
ゲームは全てファミコンみたいなノリで、吸血鬼という概念自体をドラキュラと言う人も多いのではなかろうか。
日の光を嫌い夜しか生きられない、十字架やニンニクが苦手、杭を打たれると絶命する。
他にも書ききれないほど奇妙な設定をたくさん持ったこの怪物は、ブラム・ストーカーの小説から有名になった。
今では映画に漫画にゲームと引っ張りだこで、未読な人間にすらドラキュラは身近な存在である。
むしろ出会わずにいられるのが無理というものだ。
この私もそう。
初遭遇の映画『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』から始まり、
シャーロキアンがゆえにドラキュラもののパスティーシュに数多く出くわし、
ダークファンタジー作家ゆえにタニス・リーも多く書いているのを読んできた。
そしてメトロイド好きゆえにジャンルの片翼を担う悪魔城ドラキュラにもハマり、
さらにドラキュラのモデルであるヴラド三世という歴史上人物にも興味を覚え歴史書も結構読んだ。
しかし、このブログ読者は前々から察していたかもしれない……
わたし、ドラキュラのアンチなんすよねー!!
血を見るのが苦手だし、血を啜るという吸血鬼の根本的な設定に生理的嫌悪感を持っています。
なので、いくら『吸血鬼ドラキュラ』がすばらしい物語だったとしても、和解は不可能です。
蜘蛛が嫌いだと言っている人に「こいつは蝿やGを食べてくれる良い蜘蛛だよ」と説いても、その理屈は理解できるとしても、蜘蛛の動きや見た目で直感的に嫌っていれば共存は無理です。
つまり、ドラキュラはカッコいいと言っている人に、「おっそうだな!設定いいよな!」と同意しつつも、そのお食事シーンはあまり進んで見たくないのでドラキュラものは意識的に避けている。
そんな感じのアンチなのです。
なのになぜかこんなに縁ができちゃって白目むいてますよね。
これが切っても来れない血縁ってヤツか……(うまいこと言ったつもりかい)
というわけで、ドラキュラアンチによる感想になります。
ドラキュラファンはこの時点でそっ閉じするか、レンフィールドでも眺めているようにアンチの生態を眺めてくれまえ。
アンチがいかにして小説を手に取ったか
前置きで、ドラキュラアンチであることは潔く白状した。
だから、この『吸血鬼ドラキュラ』を手に取ることには長いこと葛藤があった。
先にも述べたが理屈ではなく直感で嫌っている以上、私とドラキュラは和解できない確信があったからだ。
バッドエンドな読後感が約束されているので、時間を割く気にはどうしてもなれず、吸血鬼という存在に初めて出会し、もはや数十年が経過していた。
しかしアンチもアンチなりにプライドがある。
食わず嫌いは良くないからと一応食べてみて「まずい!!」と言っている人がほとんどではなかろうか。
そうでなければ正しい批判はできないからだ。
だから結果的にアンチは滑稽なことにファンより詳しい事態になることもしばしばだ。
しかし、それが矜持あるアンチの嗜みなのである。
私は、そんなアンチでありたい――
日頃エアプ絶対に殺すべし!慈悲はない!!と豪語しているヤツがダブスタしてはいけない。
『ヴラド・ドラクラ』にハマったことにより、モデルのヴラド三世の知識も得たところで機は熟した。
タニス・リーの吸血鬼もの紹介記事もそろそろ書きたい意欲が高まってきたところで、やっと重い腰をあげた。
参考資料として一読する決心をしたのである。
しかし、この『吸血鬼ドラキュラ』、読むのに思わぬ苦労をすることになる。
そもそも近場の図書館にあればもっと早く手にとっていたはずだった。
しかしもう長いこと行方不明である。借りパクはいかんよ?
ちなみに青空文庫にもないので、もうタダで読む手段は誰かから借りるしかない。
なぜタダで読みたいかというと、乞食根性というよりは、アンチなのに金を出してまで読むのはさらに負けた気がするからである。しょうもない意地だ。
ここで家族が「吸血鬼ドラキュラ?持っているからあげようか?」と申し出てくれた。
不幸なことに私以外の家族はわりとドラキュラファンなのだが、これ幸いと受け取る。
しかし渡されたのは原語版の洋書だった。
この分厚いペーパーブックを辞書を引きつつ読む……?
絶対に嫌でござる!!!!!
そんな苦労は死んでもしたくなかったので、渋々と財布の紐を緩めることにした。
アンチの自負で判断力が狂っているので、新品ではなく中古で買うことにした。
そのくせ多少金を上乗せしてでも名訳と言われる平井呈一訳のほうを注文する。
しかし送料はケチったので、BOOKOFFの店舗受け取りで手に入れた。
その日なぜかレジが壊れていたので使うつもりのポイントが使えずに失効してしまい、今思えばその時点で既に呪いの兆候が出ていたのだが、まあ…はした金だし!とあまり気にせず帰宅。
今書いても何か金銭感覚が本当に狂っているな!
そして、寝る前に早速読むかと袋から出して、出てきたのがこれである。
…………
そうだよな……
ドラキュラもアンチの私が嫌いに決まっているよな……!?
わたしたち両想いだね💖
BOOKOFFの通販には長えこと世話になってきたが、こんなに酷い本が届いたの初めて!
一通り発狂した後、この本の持ち主に思いを馳せた。
大学の授業で使ったんだろうなあ……
ここブラム・ストーカーがヴラド三世の史実に唯一正しく触れた部分だもんなあ……
私もここが読みたくて買ったようなもんだ……
しかし蛍光ペンでこんなに雑に引きまくったところで、はたして頭にキチンと入ったのだろうか?
『ヴラド・ドラクラ』を読んだほうがええぞ(ダイマ)
正直もうこれは無理して読まなくてもええんやで……という神のお告げだと思いました。
しかし私は無神論者だしエアプスレイヤーの矜持が許さなかったのだ!!
イヤーッ!!と気合を入れてBOOKOFF=サンにすぐさまザッケンナコラーメールを打った。
しかし納品書も入れ忘れたミスもしてくれたので必要事項が一つ書けないではないか!
アイエエエエ呪われている!!とここでやっと不運続きだと自覚する。
結局、交換できずに返金してもらうことになったのだが……
待てよ……
返品前に読み終えれば実質タダでは!?
「転んでもただでは起きない」とはこのことである。
返品の期限は設けられていなかったが、まあ1週間以内には返さないとなあと思ったので、嫌々ながらも驚きのスピードで読みきった。
そこがかえって良かった。返品でなければ、いつまでもいつまでも積読する自信があった。
だってアンチだからな!(なぜか誇らしげ)
こうして晴れてブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』エアプを卒業できたというわけである。
つつがなく返金してもらった金で推しのオハヨー乳業の飲むヨーグルトを買ったが、最高にうまい一服だったぜ……!!やはりオハヨーは最高だ!!
そんな私の様子を見ていた家族が「ただ読むだけなのにここまで大騒ぎして面白かったからブログに書きなよ」と揃って言うので書きましたが、本当にそう思う。アンチはどうカッコつけたところでやはり滑稽な存在なのだと。笑ってください。
アンチフィルターのかかった感想
というわけで、肝心の『吸血鬼ドラキュラ』の感想ですが……
ドラキュラ伯爵のあの奇抜な設定をまとめあげて土台を作ったブラム・ストーカーの功績は認める。
認めるが、あまりにも敵役としてカッコ悪すぎないか?コイツ?
ちょっと斬りかかれたくらいでビビって敗走してイギリスからトランシルヴァニアに即とんずらする伯爵に、ええー!?と思いました。しかもそうまでしてトランシルヴァニアの城を決戦の地にしたにも関わらず、あまり盛り上がらない最期でしたね……。
何よりヴラド三世について詳しく知った以上、歴史上人物をよくもここまで歪曲してくれたな!?とブラム・ストーカーにドン引きするしかないという。
ヴラド三世の歴史書を書いた清水先生も締めに「ブラム・ストーカーのドラキュラ小説はマーチャーシュのプロパガンダも顔負けだろう」みたいに書いていらしたが、ほんとそれな!!とただただ同意するしかない。
やはり一番遺憾に思うのは、
モデルのヴラド三世はキリスト教国の剣として果敢に戦いオスマン帝国を撃退した英雄であるのに、
ドラキュラ伯爵はオスマン帝国に破れ敗走した敗将にされている設定だ。
真逆じゃん!?
確かに戦の後に国を追われているのだが、ヴラド三世は一応戦争には勝っているのに!?むしろ撤退するメフメト二世に追撃のゲリラ攻撃をする鬼だったんだが!?
史実と反転した要素は他にもあって、たとえばヴラド三世はジプシー虐殺の逸話も残っている人物なのだが、ドラキュラ伯爵は逆にジプシーを味方につけている。そして何よりヴラド三世は串刺し公の異名を持ち、杭を打つ側であるが、ドラキュラは杭を打たれる側である。
ここまで重なると、もう意図的にやっているとしか思えない。そう、意図的に異教徒要素を付与しているのではないか?と私は感じた。
たとえば、ドラキュラ伯爵の花嫁はルーシーを入れて4人になるが、これはイスラム教が妻を持てる最大人数と同じである。異教徒相手に断固戦い抜いたヴラド三世に対し、この符合はあんまりではないか?
「ドラキュラ伯爵はフィクションである、実際の人物とは関係ありません」――この決まり文句を言われるとまあ引き下がるしかないのだが、ここまでヴラド三世の人生を具体的に引用しておいてこの改変ぶりはやりすぎで名誉毀損に感じるので、私は好かない。
あと、前々からドラキュラの出身が統一されてないのは何故だ?と思っていた。
しかし、読んで合点がいった。ヴラド三世はワラキアの君主だが、ドラキュラ伯爵はトランシルバニア出身になっているのだ!これは混乱するわ!
今では同じルーマニアという国なんだから細かいことは言うなよと思うかもしれないが、わりと天と地ほど差がある。なぜならワラキアはギリシャ正教国であり、トランシルバニアはカトリックだからだ。同じキリスト教と言えど、この宗派の違いは重要だ。なぜならヴラド三世はこの問題がゆえに命を落とすはめになったと言っても過言ではない。さらに細かいところを突くと、ヴラドはダキア系ルーマニア人であるが、ドラキュラ伯爵はハンガリー系セクリー人にされていて、もうめちゃくちゃ!
なぜこんなややこしいことを?と思ったので調べてみたが、ブラム・ストーカーはプロテスタントのアイルランド人であった。なるほど、アイルランドは長らく宗派で揉めて紛争をしていた歴史がある。カトリック憎しのあまり、やった行いなのかもしれない?そんな…ヴラドがカトリックに改宗したからって二度も殺さんでもええやん……許してやってよ……
でもブラムの奥さんはカトリックで、親交のあったコナン・ドイルもカトリックなのだが、そのへんどうなの?
キリスト教徒はわけがわからないよ……。
そんな感じで何だかコナン・ドイルとブラム・ストーカーの友情が結構奇妙に思えてきましたね!
なにせコナン・ドイルは歴史小説家を自負するタイプだったので、ブラム・ストーカーのこのあまりにもあんまりなヴラド三世への熱い風評被害ぶりを知ると、どのへん評価してたわけ?と謎に思わざるをえない。
しかも自身のキャラクターであるホームズに、吸血鬼について「こいつは僕たちの営業科目外じゃないかな?」とまず言わせ、「何だ、くだらない!ワトソン君、実にくだらない!死体が歩き回るのは、心臓に杭を打ち込まなきゃ止まらないなんて、何の話だ?気ちがいざただよ」とまで言い放っている。うーん、放送禁止用語!
まあホームズを書きながら、妖精はいる!心霊主義布教!!とかやってた精神構造が摩訶不思議アドベンチャー人だったので、それはそれこれはこれで好きだったのかもしれませんね。まあ野暮なツッコミをするなということだ。
まあそんな感じで『吸血鬼ドラキュラ』、私はあんまり好きになれない小説でした……。
このわかっていた結果ぶりよ!!orz
しかしあれですよ、ドラキュラ伯爵は後世が立派に育てあげてきたキャラクターだったんだなとわかったのが何よりの収穫でしたね。
だってヤツは今では女を虜にする美形イメージが強いですが、実際は眷属にした女に「恋の味も知らぬくせに!」と笑われたり、ミナ・ハーカーからは臭いもの扱いされているんですよ!?いやー驚きましたね。俳優の力によって書き換えられたイメージだったんですね。もしくは元祖吸血鬼であるルスヴン卿のいいとこ取りして融合した結果なのか。
あと事あるごとに「奴はガキくさくて物事は一つしか考えられずに頭が悪い!」みたいな感じに言われていて、格ってヤツが全く感じられず愕然としましたね。モデルが仮にも一国の主で改革者だったのに何という言われよう……あまりの落差に涙がちょちょ切れそうになりましたよ。ヴラド三世、本当に怒っていいからな!?
一方、フランケンシュタインは映画によってイメージが下げられてしまったキャラクターですね。フランケンシュタインの怪物は原作ではあんなに知能的なのに、映画はなんか足りない人みたいに描いたから、みんなもうそういうイメージしかないですよね。私は悲しいです、あんなに流暢に雄弁に喋っているのになあ……。
なんといってもメアリー・シェリーのフランケンシュタインとジョン・ポリドリの吸血鬼が一緒に生まれた背景が胸熱すぎるので、やっぱり私はブラム・ストーカーよりはジョン・ポリドリ派です。タニス・リー好きだから耽美系吸血鬼であるルスヴン卿のほうを好きになるのは至極当然な流れですし、モデルのバイロンへのリベンジポルノ小説疑惑がかかっている時点で既に面白いのもミソ。こう書くと吸血鬼小説は揃って実在人物への名誉毀損要素があることになり、どっちもどっちだね!と思いつつもなかなか興味深いですね。反キリストでありながらキリスト教圏でしか大成できなかったキャラだと思います。
まあそんな感じでドラキュラ伯爵についてはボロクソ書いてきたわけですが、そんな私でもヴァン・ヘルシング教授は良キャラクターだな!と結構気に入りました。
ヴァン・ヘルシングという響きからしてドイツ人かと思いこんでましたが、なんとオランダ人だったのですね。ポワロがフランス人だと言われてベルギー人ですと怒るのと対して変わらん先入観!恥じ入ります!
だいたいホームズ好きなので、似通っているヴァン・ヘルシングも好きになるのは当然なんですよね。相方も同じ医者で、名前はジョンで、しかも時々名前を間違えてジャックとか書いているので、そこまでコナン・ドイルをリスペクトせんでええんやで……と生暖かい笑みを浮かべてしまいました。
しかし皮肉屋なホームズよりヴァン・ヘルシング教授はだいぶ人が良いですよね!というかこの小説に出てくるキャラクターたちはだいたい人格者で全く毒がない!!あのレンフィールドすら最期は改心している。ホラー小説のなりして結構後味が良すぎるエンドで拍子抜けしました。
読んでいて、ブラム・ストーカーはきっと人柄が良い人物だったのかもしれないなあ……と私は思いました。