地球・精神分析記録ーエルド・アナリュシスー
『ぷよぷよ』の企画者である米光さんが紹介していた本の一つなので読んでみた。
山田正紀もタニス・リーと同じく多作な作家で、どれから読もうか迷いましたね!
とりあえず星雲賞も取っていて、あらすじも面白そうだったので、まずこれを読んでみたわけだが……
めちゃめちゃ面白かったです!!
作者の、神話と古典文学とユングへの熱い情熱が感じられる小説だった。
オムニバス形式の長編なのだが、毎回ガラッと舞台が変わるのでバラエティーある仕様となっている。
各章には、人間が持って当たり前の感情の名が名づけられている巨人たちがそれぞれ現れる。しかしこの世界の人間たちはそれが欠けて当たり前の世界だった。よって主人公は宿命的な対峙をせざるを得ない。その意味が指すところへ、物語に散りばめられた他の共通点も綺麗に最後へ繋がっていく。そんな一見冷静なようでいて、ものすごく熱さを揺さぶってくる小説だ。
しかもそれぞれの章のベースとなる元々の物語を知っていると、古典文学オタク的には「ほう…それを出してきたか。わかっているね!」と唸りながら面白く読めてしまう。特に私は第一章からオタクとしてハシャぎまくりでした。
久々に文系で良かった!と思えた数少ない貴重な体験をしたぜ。
例えば第一章を分析してみると、もちろん北欧神話のラグナロクがベースになっているのは誰でもわかることだが、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』もまたベースになっていると文学オタクならば気づくのである。
『フランケンシュタイン』もまた北極圏を舞台に始まる話だし、衛兵が詩人バイロン似なのも作者メアリー・シェリーを語るには欠かせない人物だからですね。彼がいなければ『フランケンシュタイン』は生み出されなかったと言っても過言ではない。また『フランケンシュタイン』の怪物も炎に焼かれて最期を迎えている。
つまり北欧神話と『フランケンシュタイン』を見事にかけ合わせた一発目となっており、『フランケンシュタイン』の怪物には最期まで与えられなかった名を「悲哀」と名付けたところも、なかなかリスペクトを感じるなあ!と私は感心してしまった。
だから、第二章のインド神話だけは私全然詳しくないので、何だかもったいなく感じるほどだった。タニス・リーの『タマス・ターラー』の積読を先に崩すべきだったかもしれない。
それでもどことなく戦闘シーンはバーフバリが思い浮かんだり、ワルサー愛用する主人公にルパン三世もニッコリしてるだろうなとか思いました。この銃講義、私も次元大介に教わったぞ!
第三章のギリシャ神話や第四章の夏目漱石も、そこそこオタクなほうなので「通だね!」と言いたくなるほどモチーフがふんだんに使われているのがわかった。山田正紀先生すごい。
特に四章、私はシャーロキアンなので副次的に夏目漱石の人物背景もまあまあ知っているのだが、つまり山田正紀先生も日本人シャーロキアンにもれなく両者を絡めざるをえなかったのか!と読んで笑ってしまいました。夏目漱石、ちょうどシャーロック・ホームズの時代にイギリス留学したばっかりに引っ張りだこですよ。そして旧1000円札の写真に騙されるけど、かなりメンヘラな人だったので狂気枠に納得。自転車に発狂エピソードが次の章でも活かされていて(?)申し訳ないが笑った。
あと、なんとなく四章の主人公とヒロインは『かまいたちの夜』の透と真里も思い出しました。我孫子武丸先生も『地球・精神分析記録』好きだったのかなあ?麻理子と真里、ヒロインの名前も似ているので、偶然ではなさそう!?
ギリシャ神話については、メインだった第三章もそうですが、一章からもうオイディプスの名が出てきたりと物語を一貫するモチーフですよね。ギリシャ悲劇。ここを詳しく書こうとすると、超ネタバレになっちまうのでアレなのですが……。
とりあえず三章のスフィンクスを自負するケイローンめちゃめちゃキャラ的に好きでした。むしろもっと引っ掻き回してほしかったよね。近親姦がいつくるのかとワクワクしてしまったが、むしろ北欧神話のフレイとフレイヤになるから避けたのかな。だが神話と言ったら近親姦も付き物だってクレルヴォ信者のトールキン教授もトゥーリンの章を書いてた。
そして神話と言えば竜も付き物なわけだが、第一章の牙持ちのセイウチとか、第三章の謎掛けしかけてくるスフィンクスとか、第四章の蛇のような目を持つ猫とか、色々とセンス良かっただけに!最後の電気ウナギだけはないでしょ!!いやこれもきっとガルヴァーニ電気とかけたチョイスかもしれんとは理解しつつも、こんな見た目ダサい試練で締めていいのかドラゴン要素……とドラフェチなので唯一涙しましたね。
まあそんな感じで神話と古典文学を織り交ぜながら辿り着いた最終章。
ブラジルのキリスト像がついにお出ましになるわけである。
でたー!人類の究極の物語!!(白人談)と盛り上がるものの、そこに掛け合わせたのはなんとUFOである。その発想がすごいと思いました。言われてみると確かにUFOは現代人が作った神話なのかもしれない。しかしUFO神話もドローンの登場で完全に下火になった気もするが……。夢のない話だ。しかし個人的には昔からこの手の話はあんま信じてねえですね、アメリカの月面着陸映像とかもう今じゃ見れたものではないし……。
でも当時はあんなもんにえらい熱狂してたんですよね。
そこをキリストと掛け合わせるところが、なんか皮肉めいていてシニカルなセンスがいいなと思いました。敬虔なクリスチャンに怒られそうな感想。これ以上いけない。
それでラストシーンにて、この物語の全容が明かされるわけですが……
めちゃめちゃ最後バシッと決まってるな!!と思いました。COOL!の一言(ネタバレ防止)
しかし個人的な好みで言えば、そのままハッピーエンドかバッドエンドかわからない想像の余韻もほしかったので、最後のページはなくても良いんじゃないかな!?とも思いました。でもこの最後がバシッと決まってるからこそ賞を取れたんだろうとは理解しているので、これは私のワガママな感想ですね。
ちなみこの本を語るに欠かせないユングについてですが……
私は心理学はあまり学ばなかったので、そんなに偉そうに語れることがありません!
なので、ふんふん、そういうものか……と禿頭のサングラス黒ゴムマスクの人が現れるたびにありがたかったです。こう書くと死の表現の仕方がちょっとあんまりすぎやしないか!?
しかし『チョウたちの時間』でも思いましたが、山田正紀先生は専門的な用語を読者にわかりやすく伝えるのが上手いですよね。物語の邪魔しない書き方がすごいなと思います。
そういやユングと言えば、フロイトは切っても切り離せない存在ですが、ホームズとフロイトを絡ませたパスティーシュなら私も読んだことがあるんですよね。結構好きなパスティーシュの内の一つです『シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険』。いつ書いても邦訳タイトルがひどすぎるな!本当は7%溶液だよ!コカイン乱用から立ち直るためにフロイトの催眠治療を受けながらトラウマ克服するストーリーだよ。
つまり言いたいのは、どちらも夢を分析する心理学なのは変わらないんだなあと。
それで神話の中に交じって漱石が出てきたのか、と今書いていて気づきました。夢十夜ね。
本当に構成が考えられていてスゴい一冊!きっとユングに詳しい人が読んだら、更に絶賛できる本なのかもしれません。もしユングファン(?)がいらっしゃったら、ぜひ拍手に感想ぶちこんでほしいです!読みたい!!
とにかくなんだ、山田正紀先生と趣味がめちゃめちゃ合うね!!と心底感じた一冊だったので、他の山田正紀の本もこれから読んでいきたいなと思いました。
ところで最後に言っていいかな?
この本のタイトル……めっちゃウテナの歌詞に出てきそう!!
正確に言えば、きっとおそらく澁澤龍彦の影響を受けたタイトルなのでは?と思いました。山田正紀先生も好きそう。ウテナ作詞家のJ.A.シーザーも澁澤龍彦をネタ帳にしているらしいと聞いているので、そろそろ読んでみないとなあと思いました。澁澤龍彦もいっぱい本があってどれから読めばいいか、わからん……。多作の作家はこれだから困るぜ!(嬉しい悲鳴)